恋愛ブーム

テレビドラマのパターンは、ここ数十年の「恋愛ブーム」に乗っているだけに、親たちよりも「恋」する者たちの側を正義とする傾向が強いけれど、それは「恋愛」をひいきしているかもしれない「恋」を賛美しすぎているかもしれない第二次大戦後「恋愛」は古い因習から人々を解政するものとして、もてはやされた以来、「恋愛」によって自由のない社会や頭のかたい家族と闘う、というテーマの映画や小説作品がいっぱい作られた。自由な「恋」によって、民主的で、すばらしい未来がもたらされると信じられたのだ。でも、やはり、なんでもかんでも「恋」する者たちに味方するのは、いきすぎた「恋愛至上主義」だろう。ここを読んだら、これからここ→で、出会う相手と上手に駆け引きができますね。

しかし「恋」はそういうマイナス面ばかりなのか。やはりそうとはいえない。よい面があるからこそ、これだけ人々が夢中になるのだ。
話が一方的になるのもよくないので、多少は「恋」のプラス面についても述べておこう。
「恋」している状態が痛みばかりでなく、人々に甘美な気分をもたらすことはいうまでもない。「恋」はうまくいっているかぎり快楽そのものだろう。それは現代を生きるぼくらにとっては、生きがい、生きる目的にもなるほどの心地よきだ。また、それとは別にこういう面もあるかもしれない。
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不思議なマジック

好きになった相手の事はなんでもよく見えてくる。他の人が食べたらふつうの味でしかないじゃがいもを口にして、「もう美味しくて美味しくてたまらない!」と打ちふるえるようなものだ。
そういうとき人は正常な見方ができなくなっているので、お金をだまし取られたり、何かに利用されたりしやすい。結婚詐欺という犯罪があるが、それは判断力を低下させる「恋」の効能を計算して、結婚をえさに、自分に思いを抱いた相手から金品を奪う手口だ。「すぐに結婚するのだから、その前にちょっとお金をかしてくれない?」。夫婦間で問題が出たとき、複雑であればあるほど解決に時間が掛かります。そうならない為にも、ここで→相性が合う素敵な結婚相手を見つけましょう。

詐欺とまではいわなくても、「恋」する相手の足元を見て、プレゼントを要求したり、さんざんおごらせたりするケースは少なくない。大方は「恋心」がさめてしまえば、「いったいなんであんなオンナにこんなに貢いだんだろう日」と地団駄を踏むことになる。
それこそ「恋」の不思議なマジックなのである。「恋」をしている際に目の前にいる相手は、現実のその人よりも何割増しにもなっている。よくドラマなどで、「恋愛」で夢中になっている相手を両親に紹介して「あんな人はやめておきなさいっ!」と反対されるシーンがある。が、ああいう親の反応というのはむべもない面がある。「恋」をしているときには、ろくでもない相手でも、ピカピカに輝いて見えるものだし、少しのよいところがスペシャルな美質のように錯覚される。
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思い込み

だから、それがさらにマイナスの方向で展開すれば、昨今の若者の犯罪のように、送ったメールに返事が来ないというだけで逆恨みして、暴力沙汰や殺人事件を起こす事態も想定できなくはない。相手にしてみたら、忘れていただけかもしれなくても、返事をもらえないキミは、こんなに好きなのにどうして返信くらいよこさないのか、と不信を募らせ、殺意まで抱くわけだ。こちらがこれだけ思っているのだから、彼女もそれに応えて当然、という都合のよい理屈がそこにある。それは自分が愛されたい、という願望の強い表れだろう。
こうなると、こっけいを通り越して恐ろしい。人の妄想というものは、そんなふうにふくらんでいってしまうのだ。恋の力は、それをひどく増幅する!面倒見が良いオンナはモテます。あなたも←ここで頑張ってパートナーを見つけましょう。

犯罪にいたらなくても、勘違いはしばしば発生する。ちょっと好きな人に親切にされただけで、彼女も自分のことを好きなのでは?と思い込んだり、偶然、道で会っただけなのにそれが運命的な出会いに思えたり(キミにも経験あるんじゃない?)
恋の作用は、自分に都合のよいお話を創り上げていってしまう。自分に食べられるためにこの世に生まれてきたのだ!と根拠もなく確信するのと同じだ。それは相手が求めているものではなく、あくまでも自分が欲しているストーリーでしかない、ということを肝に銘じておくべき。cropped-054a_72.jpg

デンジャラス

大袈裟にいうと、キミは彼女を通してしか世界を見られなくなっているし、彼女という存在なしにはキミがありえないような境地にさえいたっている。キミ以外の人が、キミという人間に閲する決定権をにぎっているという意味で、「恋」はとてもデンジャラスだ。
そして、彼女がキミに無関心であっても、彼女の一つ一つの行為が何かキミに意味を持っているように錯覚しがちになる。どんどん自分勝手な物語が展開していってしまうのだ。ぼくの知人にこんなやつがいた。彼はある女の子に惚れていて、彼女が会話の中で「私、ブラッド・ピットみたいな金髪の男が好き」といったのを聞いて、すぐに髪の毛を金髪に染めてしまった。ところが、それが彼の顔立ちにはまったく似合わない。彼女にも「やめたほうがいいんじゃない?」とあっさりけなされた。それで彼は逆上してしまった。「ふざけんな、オマエが金髪が好きだっていったんだろ!」。結婚に悪いイメージを持っていても、一歩踏み出してください!から結婚相手を探せば、あなたに合った探し方も探せるので不安や悩みも解決してくれるサービスを見つけられます。

彼女にしてみたら、単に自分の好きな俳優の好みを口にしただけで、金髪の男なら誰にでも恋愛感情を抱くわけではない(そりゃそうだ)。けれど、男のほうは自分の中で、彼女は金髪が好きだ←金髪にすれば好きになってもら与える←金髪にしたのに好かれないのは彼女の不誠実→怒ってしかるべし、という身勝手な論理を組み立ててしまったのだ。
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生物学的な

どうしてそんなふうになってしまうのか、その原因はわからない。古今東西の賢人たちが何千年もそのことを論じてきたが、いまのところ真実は突き止められていない。
生物学的な物質の影響もあるかもしれないし、人間の文化が生み出した何かだという事も考えられる。
けれど、一言で「恋」の理由を説明できる解答は今のところつかっていない。
この際だから、もう少し「恋」のフツーじゃない面を見ていこう。ここを読んで理解したらここ→で素敵なパートナーを探しましょう。

頭の中のかなりのパーセンテージを彼女が占めてしまうのだから、困ったものだろう。それは本人にとってはとても切実なことだけど、第三者から見たら、「なんでオマェ、あのじゃがいもにそんなにこだわってるの!?」という都新でしかない。「恋」ははたから見たらこっけいだ。平常時なら、一日の頭の中の思考の割合を表す円グラフは、家族のこと、学校のこと、友だちのこと、趣味のこと、将来のこと・とそれなりにバランスよく配分されているものだが、「恋心」が高まってくると、彼女のことだけが突出して他を圧倒してしまう。それは健全な日常生活を送るには、あまりにも正気を欠いた総態だろう。物事の優先順位が、とにかく彼女がいちばんで、あとのことがないがしろになってしまう。そういうときは往々にして、学業はおろそかになるし、大人だと仕事ではミスが多くなるし、他の人間関係についても注028意力が散漫になる。違うかい?

ロックオン

にもかかわらず、ある一人の相手に心がとらわれてしまうのが「恋」だ。
一人だけに夢中になってしまうのもおかしな状態だが、一山いくらで陳列されているような人々の中からある特定の人に気持ちがフォーカスしてしまうのも、まか不思議な現象じゃないか。なぜ他の人じゃないのだろう?タイプだったから?親切にされたことがあったから?彼女が料理上手で家庭的なのを知ったから?:::でもタイプの女性は一人じゃなかっただろうし、やさしい女性は他にもいたかもしれない。家庭的な女性だってくさるほどいる。いくらでも理由なんてでっち上げられるのだ。これが決め手だ、と自分で思ったとしても、本当に何が影響したのかはわからない。あなたはここで→出会った人に対して、自分の理想を演じずに本当の自分をぶっちゃけられますか?

「恋」に落ちてしまう原因がわかっていたら処方婆を得るのは簡単で、人は、誰かに報われない「恋心」を募らせることをせずにすむ。そうなれば、ほとんどの「恋」の悩みは解消されてしまう。したがって小説や音楽のテーマに「恋」が取り上げられることもなくなるだろう
「恋」とは一人の相手に気持ちがロックオンしてしまう原因不明の症状。こうして文字にしてみると、いかに「恋」が不可解な体験であることかわかるはず。たとえてみるならば、八百屋に行って、一山二百円のじゃがいものざるの中から、一つだけどうしてもむしょうに欲しくてしょうがないじゃがいもが見いだされるような、珍妙な熱狂なのだ。040

恋愛必要条件

人聞が自分を満たすことができるさまざまな感情のうちで、いちばん流行っているのが「恋」だけど、それが他に優越するわけではない。ぼくらは、そういう現在の独特な時代状況をまず押さえておくことが大事だ。そう、人聞は「恋」などしなくても生きそして死んでいったし、「恋愛」の経験よりももっと熱くなれることだ自分を作り過ぎずにで、素敵なパートナーを見つけよう。

恋愛必要条件って日々の暮らしにある。決して、「恋愛」が人生の必要条件ではない。
とすると、ぼくが最初に書いたことは訂正しなければならない。「恋」ほど胸が高鳴るものはない、のではなく、他の感情よりも「恋」に胸が高鳴ってしまうのが、現代の日本に生きるぼくらなのだ。
「美人は三日で飽きる」という言葉があるくらいで、美人とブスとの差なんて、「ときめき」の賞味期限で数年の違いでしかない、ともいえる。頭がいいといってもせいぜい東大に合格する程度の能力だろう?そのくらいの優秀ゅうしゅうな人間ならごまんといて、死んで数年も経たずして世間からきれいに忘れ去られる人間の一人にすぎない。人の長所短所も、みんな誤差みたいなものだ。そんなに特別な個性ではない。
だから、キミが好きになる人と、そうでない人たちとの違いなど、事実際には大してあるわけではない。キミが、オランウータンの船の昨れ
ワイドに引いてみたら、どれも似たように見え042るのといっしょだ。

忠臣蔵

有名なところでは、忠臣蔵というのがある。元禄時代、江戸城松の大廊下にて、赤穂藩主・浅野内匠頭が吉良上野介を斬りつける事件を起こし、幕府から即日切腹をいいわたされた。藩はとりつぶされたが、家老の大石内蔵助を中心とした元藩士四十七人が、一年半後に主君の恨みを晴らすために吉良邸に討ち入り、上野介の首をとった、という有名な話。史実としてことの真相がどうだつたのかはともかく、「忠
これは義」をめぐる物語であり、きた。自分の死を賭して主君に尽くす、というのは「恋愛」どころではない真剣勝負の愛
いびとともいえる。家族でも恋人でもないのに、どうして一人の相手をそこまで思うことができるのか、現代を生きるぼくらには理解に苦しむところだけど、江戸時代まではたしかにそうした「忠義」の情が武士の聞にはあって、彼らは人生をそれによっていきいきと、そして充実させて生きることができたのだろう。まず相手がいないと、何もできないので、ここ→で相手を探してください。

もしかしたら、それはいま、ぼくらがスターといわれる人の前に行くと得られる興ふんに近いものがあるかもしれない。スターのオーラに浴することで、自らもより輝いた気分になれる、という高揚だ。ぼくもそうなのだが、有名人と出会ったり知り合い
ついそれを自慢したくなる気持ちのもとにあるのは、そういう感情ではないだろうか

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結婚

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よロナ二「恋愛」しτいた?
ねかれんあ νげい”ん
「恋」はすばらしいものだ若いうちに「必愛」を経験してお
ゆた
くことは人生をより豊かにする、といったことはよくいわれる。
こいむ危れんあいかんりい素敵な結婚相手をで、見つけても結婚後に問題は発生した場合、ここに書いてあるように意外と改善に手間がかかります。気を付けましょう。

たしかに「恋」ほど胸が高鳴るものはないし、「恋愛」という闘係は、人を深く知る
ぜっこフをかい
には絶好の機会だ。
こいいがいとうとかんじようどれこま吋んしん
しかし、「恋」以外にも尊い感情はある。誰か闘っている人のために献身する気持
っこころざしこうこう
ちは美しいし、国や社会のために尽くそうという志もすばらしい。親に孝行するこ
いしこい
とも、友だちといっしょに何かを作り上げていこうとするな志も、「恋」に負けずと
おとからどいしぜんそうどいしんぴ。、
も劣らない倒的があるあるいは、大白然の壮大さや神秘に心打たれることだって
めたじようかん
まったくもって盟かな的感である。
にもかかわらず、人々によって求められて
「恋」は、他の何よりも憧保されるし、
もいる。流行りの歌のほとんどはの歌だし、ドラマや映画でも「恋愛」が出て
「恋」
こない作品はめずらしい。雑誌を見ても、「恋愛」はしばしば特集されるし、デート
スポットの記事は
かせない。そうした「恋愛、恋愛」の大合唱の声に耳を
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「恋」が犯罪を引き起こす

「スト -カl」以外にも、「恋」が犯罪を引き起こすケ lスは数かぎりない。好きな
こいびところ

人のために会社のお金を横領する もいれば、嫉妬ゆえに自分の「恋人」を殺して
つのすえあこがきずわか

しまう男もいる。あるいは、思いを募らせた末に憧れのスターを傷つけようとする若
ものす宰らどもぎや〈たいみ
者もいれば、好きな人に嫌われたくないばっかりに、自分の子供が虐待されるのを見
すこいころ
経験値を上げるにはまず相手がいないとね。ここ→から候補をたくさん探せるよ。

過ごす母親もいる。つまり、「恋」は人を殺すこともある。新聞の社会面を聞けば明
れんあい川悼ん正』い
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らかなように、恋愛がらみの犯罪はいまの世の中あまりにも多い。
んざいおんしようおんしよう
つまり、「恋」は犯罪の温床。温床とは、 物事が発生するもとになることや場所、
を意味する。さあ、いっしょに声に出してみよう。「恋」は犯罪の温床!
そればかりではない。「恋」は人や国に災難をもたらす。
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れきしみわたU
歴史を見渡しても、世界三大美女の一人、古代エジプトの女王クレオパトラを妻に
かのじよおぽせいてき

したロ!マの将軍アントニウスは、彼女の美しさに溺れるあまり、政敵のオクタヴィ
い〈さやぷじがいようきひとう
アヌスとの戦に破れ、自害することとなった。同じく三大美女の中国の楊貴妃は、唐
いじかんしんうし主 んらんまお
の玄宗皇帝をとりこにし、政治から関心を失わせ、国に反乱を招いたといわれる。日
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